細胞・遺伝子治療におけるNGSの利用

 

はじめに

細胞治療や遺伝子治療は、様々な疾患の治療法として有望視されています。これらの革新的な治療法では、細胞や遺伝子を操作してその機能を回復または、増強します。次世代シーケンシング(Next generation sequencing、NGS)は細胞治療および遺伝子治療の分野で重要な役割を果たし、研究者に遺伝情報に関する貴重な洞察を提供し、個別化治療戦略を可能にします。この記事では、細胞治療および遺伝子治療におけるNGSの使用について調査し、その応用、利点、課題、および将来の展望に焦点を当てています。さらに、細胞・遺伝子治療の研究・開発・製造に携わるCRO(Contract research organizations、医薬品開発業務受託機関)やCDMO(Contract development & manufacturing organizations、医薬品開発・製造業務受託機関)におけるNGSの具体的な用途についても掘り下げています。

NGS(次世代シーケン)を理解する

NGS(次世代シーケンス)と

NGSはハイスループット・シーケンスとも呼ばれ、DNAおよびRNA分子の迅速なシーケンシングを可能にする最先端技術です。従来のサンガーシーケンスでは一度に1つのDNA断片しかシーケンスできませんが、NGSでは数百万ものDNA断片を同時にシーケンスすることが可能です。この大規模な並列配列決定能力はゲノム研究に革命をもたらし、細胞治療や遺伝子治療を含む様々な分野に新たな道を開きました。

NGSの仕組み

NGSにはいくつかのステップがあります。まずDNAまたはRNA分子を小さな断片に断片化することから始まります。次に、これらの断片を増幅し、並行して塩基配列を決定し、参照ゲノムまたはトランスクリプトームとアライメントします。得られた配列はバイオインフォマティクスツールを用いて解析され、遺伝的変異、遺伝子発現パターン、その他の関連情報が同定されます。全ゲノムシーケンス(WGS、Whole Genome Sequencing)、標的(ターゲット)シーケンス、RNAシーケンス(RNA-Seq)などのNGS技術は、個々の患者の包括的な遺伝子プロファイルを提供し、個別化治療アプローチを促進します。

細胞・遺伝子治療におけるNGSの利点

NGSは細胞・遺伝子治療においていくつかの利点があります。第一に、遺伝子情報の包括的な解析が可能であり、研究者は病気の原因となる変異、遺伝子変異、治療標的を特定することができます。この情報は、個々の患者に合わせた的確な介入をデザインするために極めて重要です。第二に、NGSはハイスループットでコスト効率に優れた大規模シーケンシングアプローチを提供し、多数の患者サンプルの解析を可能にします。さらに、NGSは治療反応のリアルタイムモニタリングと最小残存病変の検出を可能にし、治療効果と患者の転帰を向上させます。

細胞・遺伝子治療におけるNGSの応用 

疾患の特定と診断

NGSは遺伝性疾患の特定と診断において極めて重要な役割を果たしています。エクソーム全体(WES、Whole Exome Sequencing)または遺伝子パネルなどを用いて特定の疾患関連遺伝子の配列を決定することにより、研究者は遺伝性疾患の原因となる変異を突き止めることができます。この情報は正確な診断に役立つだけでなく、最も適切な遺伝子治療法の選択など、治療方針の決定にも役立ちます。

遺伝子編集と改変

NGSは、ゲノムの包括的な視野を提供することにより、遺伝子編集と改変を容易にします。研究者はターゲット遺伝子を特定し、CRISPR-Cas9のような遺伝子編集ツールを設計し、NGS解析を通じて遺伝子改変の成否を検証することができます。この精密な遺伝子編集により、病気の原因となる突然変異の修正や治療用遺伝子の導入が可能になり、遺伝性疾患の治療法の可能性が広がります。

治療反応のモニタリング

NGSは、細胞治療や遺伝子治療における治療反応のモニタリングを可能にします。治療前後の細胞の遺伝子プロファイルを解析することにより、研究者は遺伝子発現に対する治療の影響を評価し、オフターゲット効果を同定し、遺伝子改変細胞の持続性と統合性を評価することができます。この情報は治療の最適化を導き、患者の安全性を確保します。

個別化医療

NGSは、細胞治療や遺伝子治療における個別化医療に革命をもたらしました。薬物代謝、治療標的、疾患素因の変異を含む個人の遺伝情報を解析することにより、NGSはオーダーメイドの治療戦略の開発を可能にします。個別化医療は、副作用を最小限に抑えながら治療効果を最大化し、患者の転帰(治療成績)改善につながります。

前臨床研究と開

CROとCDMOは、細胞療法と遺伝子療法の安全性と有効性を調査する前臨床研究でNGSを活用しています。動物モデルのゲノムをシーケンスすることにより、研究者は潜在的な安全性の懸念を特定し、遺伝子発現や細胞機能に対する治療法の影響を評価することができます。NGSは、治療プロトコルを最適化し、その後の臨床試験を確実に成功させるための貴重なデータを提供します。

安全性有効性評価

NGSは、CROやCDMOが細胞治療や遺伝子治療の安全性と有効性の評価を行うことを可能にします。治療された細胞や組織のゲノムプロファイルを解析することにより、研究者は意図しないゲノム改変、オフターゲット効果、潜在的な免疫反応を特定することができます。この情報は、治療法の安全性を確保し、その有効性を洞察するのに役立ちます。

品質管理とプロセスの最適化

CROとCDMOは、細胞治療と遺伝子治療の製造と開発全体を通して、品質管理とプロセスの最適化のためにNGSに依存しています。NGSは、出発物質、中間生成物、最終治療製品の包括的な特性解析を可能にします。製造に使用される細胞やベクターの遺伝子プロファイルを解析することで、NGSは一貫性、純度、完全性を保証するのに役立ちます。また、効率性と拡張性を向上させるための製造プロセスの最適化にも役立ちます。

細胞・遺伝子治療におけるNGSの課題と限界

データ解析解釈

NGSによって生成される膨大な量のデータは、データ解析と解釈の面で大きな課題を抱えています。複雑なゲノムデータを解析し、意味のある洞察を引き出すには、高度なバイオインフォマティクスツールやアルゴリズムが必要です。さらに、遺伝子バリアントの解釈には専門知識が必要であり、バリアントの病原性、集団頻度、機能的影響など様々な要因を慎重に考慮する必要があります。幸いなことに、市販のバイオインフォマティクス・ソフトウェア・ソリューションは、解析プロセスを解明し、NGSを技術として大幅に導入しやすくするのに役立ちます。このようなアプローチのほとんどは解析ワークフローを自動化し、ユーザーがシーケンスデータを簡単にアップロードし、品質管理を行い、リードを参照ゲノムに整列させ、遺伝的変異を検出することを可能にします。さらに、ほとんどの場合、最先端のアルゴリズムとツールが組み込まれており、ユーザーはバイオインフォマティクスの専門知識を必要とすることなく、NGSデータから正確で意味のある洞察を得ることができます。

しかし、ベンダーの選択にかかわらず、そのようなプラットフォームは、バイオインフォマティシャン(DRY研究者)だけでなく、ベンチサイエンティスト(WET研究者)にも使えるようにすることが重要です。使いやすさは主観的なものですが、過度に機能的なグラフィカル・ユーザー・インターフェースを持つソフトウェアは避けたほうがよいです。このようなソフトウェアは、コンピューターのバックグラウンドを持っていないユーザーが使えるようになるまでのトレーニングに数日を要します。これでは、1つの組織で分析を行える人の数が減り、最終的に全体の中で解析のワークフローの中で解析の部分でボトルネックになる可能性があります。

NGSを始めたばかりで、どのツールを使用したらよいか、それを実行するために必要なITインフラをどのようにセットアップするかという専門知識が社内にない人には、NGSデータ解析の複雑なプロセスを簡素化するために、業界標準の強力なバイオインフォマティクス・パイプラインをすぐに実行できるポイント&クリック・インターフェースというアプローチが、オススメです。あるいは、社内のバイオインフォマティシャンによって承認されたワークフローも、同様に直感的なインターフェースを通じて研究科学者に展開できればよいでしょう。より多くの科学者にNGSデータへのアクセスと解析を民主化するこのアプローチにより、バイオインフォマティシャンはより複雑なデータ解析の問題に集中することができます。

生のNGSデータの解析は不可欠ですが、最終結果が、解析を実行した個人だけがダウンロードできる単なる一連のファイルではないことも同様に重要です。データがその個人しか閲覧できないと、専門家であるバイオインフォマティシャンがデータを解釈する必要がある場合、前述のようなボトルネックになりかねません。その代わりに、安全なデータアクセスやプロジェクト管理ツールによって同僚や共同研究者、さらには顧客とのコラボレーションを促進するだけでなく、ヒートマップやボルケーノプロット、パスウェイエンリッチメント解析などのインタラクティブな可視化を生成するものを選ぶことを検討します。これによって、研究者は独自に実験に対する深い洞察を得ることができ、データの意味をより迅速に判断することができるようになります。

標準化と品質管理

NGSでは、正確で信頼性の高い結果を得るために標準化と品質管理が重要です。シーケンス技術とプラットフォームは急速に進化しているため、標準化されたプロトコルと品質管理手段を確立することは、技術的ばらつきを最小限に抑え、異なるラボや研究間での再現性を確保するために不可欠です。NGSデータのQCと前処理に関連するベストプラクティスの詳細については、こちらのブログ記事をご覧ください。

コストに関する考慮事項

NGS のコストはここ数年で大幅に減少しましたが、特に大規模な研究や臨床応用においては、依然として考慮すべき重要な要素です。 テクノロジーとして NGS を利用する場合の総コストは、シーケンスとライブラリー調整にかかるコストだけではないことを心に留めておくことが重要です。 細胞および遺伝子治療におけるNGSの費用対効果と持続可能な導入を確保するには、データストレージ、バイオインフォマティクス分析、およびこれを行うために必要な専門人材を慎重に評価する必要があります。 NGS データ分析のための費用対効果の高いソリューションとして、市販のバイオインフォマティクス ソフトウェアの使用を検討してください。 ウェットラボの研究者は、高価なコンピューター、計算インフラストラクチャーに投資したり、バイオインフォマティクスの専門家を雇用したりする代わりに、Basepair が提供するようなホスト型プラットフォームを選択すれば、使用方法を数時間で学ぶことができます。 価格設定とライセンスに関して柔軟性のあるソリューションを見つけることも重要です。 比較的少数のサンプルで小規模に開始する予定であれば、商用ソフトウェアを使用するために高額なライセンス料を前払いする意味はほとんどありません。 代わりに、開始時に前払いのライセンス料金がかからず、サンプルごとに従量課金制の使用モデルを採用し、将来のある時点でサンプルが増加した場合には年間ライセンスに移行できるオプションを選択することを検討してください。 量が投資に見合ったものになるでしょう。 最後に、商用ソフトウェアの課金方法として、コンピューティングとストレージのマークアップ(追加料金)に基づいたライセンス モデルに注意してください。 クラウド コンピューティングのコストは今後も低下し続けるため、このようなモデルでは、サンプル量が増加するにつれて、組織はコストをほとんど、または全く制御できなくなる可能性があります。 代わりに、組織独自のクラウド アカウントのコンピューティングとストレージを活用してそれを推進するソリューションを選択することを検討してください。 これにより、AWS などのインフラストラクチャ プロバイダーとの契約を所有するため、コンピューティングとストレージのコストを完全に制御できるようになります。 さらに、データをそのままの場所に残しておくと、データのセキュリティとプライバシーのコンプライアンスに関する懸念が軽減されるだけでなく、そこに存在する可能性のある他のリソースへの接続を維持するのにも役立ちます。 

将来展望

細胞および遺伝子治療における NGS の使用は、将来的に拡大し続けると予想されます。 技術の進歩により、NGSの速度、精度、費用対効果がさらに向上し、臨床応用がより利用しやすくなります。 さらに、NGS データを他のオミクス技術や人工知能アプローチと統合することで、個別化された治療戦略や精密医療の新たな機会が開かれます。

結論

次世代シーケンス (NGS) は細胞および遺伝子治療の分野に革命をもたらし、遺伝情報のより深い理解と個別化された治療アプローチを可能にしました。 NGS は、疾患の特定、遺伝子編集、治療モニタリング、個別化医療の開発において重要な役割を果たしています。 CRO および CDMO におけるその用途は、前臨床研究、安全性評価、有効性評価、品質管理にまで及びます。 データ分析、標準化、コストに関する考慮事項には課題がありますが、Basepair プラットフォームなどの商用バイオインフォマティクス ソフトウェアは、これらの懸念事項の一部に対処するのに役立ちます。 最終的に、NGS は細胞および遺伝子治療を進歩させ、患者の転帰を改善する計り知れない可能性を秘めています。 

この記事は「Use of NGS in Cell and Gene Therapy」を翻訳、再構成したものです。